未完成物件の引渡しと代金回収方法は?新型コロナが及ぼす影響と法的アドバイス
新型コロナウイルスの感染拡大、春節期間延長の影響により住宅設備機器等が納期未定の状況にある事に基づく工期延長に関する法律相談が多く寄せられています。今回の問題は、納期がいつになるか不明確であるという点にあるため、まず、建築主に告知(おしらせ文書)をしていただき、 納期が明らかになった際に、工期変更の合意書を交わすという対応についてアドバイスしたいと思います。
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新型コロナウイルスの影響による工期遅延は、「不可抗力」か?
「施工会社の責めに帰すべき事由あり」と言えるのか?という論点について、建築業界とは異なる業界の判例ですが、新潟地裁長岡支部平成12年3月30日判決が参考となります。
同判決は、スキーウェアの製造を主たる業とする原告が、スキーウェアの材料である裏地を被告に発注したが、被告が納期に遅れたためウェア全体の製造が遅延し、納入先である販売業者から買受契約を解除されるなどして1億6934万9038円及び遅延損害金の賠償を被告に求めた事案です。
被告に納期遅延が発生した原因は、平成8年頃、一般衣料分野での急激なナイロン需要が発生する世界的な「ナイロンブーム」が発生し、国内染色工場の処理能力が飽和状態となった事に基づくものでした。
新潟地裁長岡支部 平成12年3月30日判決 は、確定納期の合意ではない「希望納期」について、過去の取引経過を前提として「原告の希望通りに納品できない特段の事情がある場合には、被告が最大限の努力をすることを前提に、希望納期におくれたからといって直ちに被告が債務不履行責任を負うことにはならないと解すべき」合意と解した上で、「納品日が『希望納期』から遅延した主たる原因は折からのナイロンブームといういわば不可抗力であるというべきであり、原告の提示する『希望納期』が染工場の繁閑の制約を受けざるを得ないという意味で納期の目安にとどまることを前提とする限り、被告の担当者であるS らは、そのような状況のもとで原告担当者であるG らと頻繁に連絡を取り合いながら、「希望納期」からの遅れを少しでも解消すべく善良な管理者としての義務を果たして納品を了したものと認められる。」と判示し、履行遅滞責任は生じないと判断しました。
新潟地裁長岡支部 平成12年3月30日判決 の事案が「不可抗力」に該当する事との比較から、今回のコロナウイルス感染症の影響は、不可抗力と考えられますので、建築会社に責めに帰すべき事由はなく、遅延損害金の負担の必要はないと判断しています。
法律相談の現場では、建築主に対し、工期延長の合意書を交わし、この合意書に「発注者と受注者は、今回の事態が不可抗力に該当することを相互に確認すると共に、引渡しまでの期間が、本契約締結時に想定されていた工期を超えたとしても、相互に一切の異議を申し立てず、遅延損害金は発生しないことを合意する。」と記載する事をアドバイスしています。
未完成物件の引渡しに関する法的課題
国土交通省は一部の建材・設備の納品が遅れている建築物に対して、未設置の状態でも完了検査を速やかに実施するよう求める要請文書「新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う完了検査等の円滑な実施」を特定行政庁と指定確認検査機関、登録住宅性能評価機関、住宅金融支援機構などに出し、建材・設備の一部が未設置な状態で、建築基準法に基づく完了検査を実施する手続きを取ることを明確化しました。
例えば、トイレ2台のうち、1台が設置できないとしても、建築会社は完了検査を指定確認検査機関などに申請する際は、建築主に十分説明した上で、申請書の「確認以降の軽微な変更の概要」欄(第三面)に変更内容を記載し、指定確認検査機関は記載内容を確認し、一部の建材・設備がないことを「軽微な変更」であると確認できたら、速やかに完了検査を実施する事となりました。
法律相談の現場では、完了検査終了後、建築主に建物引渡しをするに際しては、引渡確認書を取り交わし、「本建物の引渡しにあたり、コロナウイルスの影響によりトイレ2台のうち、1台については未設置で引渡し手続きを行うこと、トイレ1台は、納品次第、取り付けを実施すること(遅延損害金は不可抗力故発生しない)を発注者・受注者双方確認致します。」と記載する事をアドバイスしています。
これから請負契約を締結する物件について
建築会社は、新型コロナウイルスの影響を受けたとしても、受注を継続しなければなりません。新しく請負契約を締結する際の工期の定めをどのようにするか、という法的課題があります。今後発注をする住宅設備機器については、納期が全く読めない状況にありますので、工期の記載も「予定工期」とならざるを得ません。
この「予定工期」の法的拘束力について、東京地裁 平成25年3月15日判決 は、請負契約書上、完成時期について「平成18年11月末日予定」と記載されていた事案において、本件請負契約書では完成時期が平成18年11月末日「予定」と記載されているだけであること等に照らせば、原告と被告が本件請負契約において平成18年11月30日という確定期限をもって完成期限を合意したとまでは認めることができない。」と判示し、「予定工期」が努力義務としての合意であった場合、最大限努力を行ったという事実が認定されれば、請負人は履行遅滞責任を負わない旨の判示をしています。
現在の新型コロナウイルスの影響による住宅設備機器などの納品時期が読めない状況下においては、請負契約書の工期の記載を確定工期の記載とはせず、「予定工期」(努力義務)の記載とし、やむを得ない事情がある場合には、遅延損害のペナルティーを負わない工事請負契約書・契約約款への修正をアドバイスしています。
工事未完成・請負代金回収に関する法律相談
今回、国土交通省の要請により、完了検査は実施されることとなりますが、一部未完成部分が残る状況下、建築主から請負代金最終金の全額入金が得られないという法律相談もあります。
確かに、完成の定義は「最終の工程を一応終了したこと」とするのが判例であり、一部未完成部分が残ると、建築主は、最終代金の支払いを拒むケースが発生することも避けられません。
この点については、請負契約約款に部分引渡しに相当する契約約款が存する場合には、部分引渡しを実施し、未完成部分に相当する請負代金を除き、全額を入金してもらうことをアドバイスするケースや、事情を理解してもらい全額入金してもらうことをアドバイスするケースもあります。予定の入金がないことによる建築会社の資金繰りに関する法律相談も発生しており、民事再生手続の検討に着手しているケースもあります。
建築現場の一時中止に伴う法律相談
国土交通省は直轄工事・業務について受注者の意向を尊重しながら一時中止などの対策を講じました。建設現場での新型コロナウイルスの感染が確認されたことを受けた措置であり、同じような事態は、沢山の職人が集まる工事現場であれば、どこでも起こりうる話です。元請建築会社は、建設現場の労働者の安全を配慮する義務を負うことから、工事の一時中断もやむを得ません。
この場合、工期が伸びたとしても、遅延損害金の支払義務はない(受注者に帰責事由はない)という結論となりますが、下請業者、孫請け業者、職人は、現場が止まると、請負代金の支払いを得ることが出来ず、生活上窮地に立たされるリスクがあります。
今回のような不可抗力が生じると、立場の弱い下請事業者への不当なしわよせがなされるケースが出てくることが予測されます。建設業界全般にて独占禁止法、下請法、建設業法違反が生じないように高いコンプライアンスの意識で臨むことが求められます。
秋野卓生(あきの たくお)
弁護士法人匠総合法律事務所代表社員弁護士として、住宅・建築・土木・設計・不動産に関する紛争処理に多く関与している。
2017年度より、慶應義塾大学法科大学院教員に就任(担当科目:法曹倫理)。管理建築士講習テキストの建築士法・その他関係法令に関する科目等の執筆をするなど、多くの執筆・著書がある。
【役職等】
平成16年〜平成18年 東京簡易裁判所非常勤裁判官
一般社団法人日本建築士事務所協会連合会理事・法律顧問弁護士
一般社団法人住宅生産団体連合会消費者制度部会コンサルタント