目まぐるしく変化する時代に対応するAIを使った地盤予測サービスが登場
ジャパンホームシールド(JHS)は、位置情報(住所など)を入力するだけで地盤の強さや腐植土の有無を短時間で予測できる画期的なAI推論モデルを開発。今春から住宅事業者向けサービス『地盤サポートマップPro2』として提供を始めました。
開発を担った小尾英彰さんと、これから普及を進める田生裕典さんに、開発の経緯やサービスを利用するメリット、今後の可能性について話を聞きました。
―― 地盤AI推論モデルとは
執行役員 業務プロセス革新室 室長/カスタマーサービス部 部長 小尾 英彰(おび ひであき)
ゼネコンや地盤コンサルタントを経て、2004年JHS入社。
地盤解析部門で10年、地盤技術研究所、デジタル部門、事業開発部門などを経て、現職。地盤品質判定士。
趣味はマラソン
小尾 今回私たちが開発した「地盤AI推論モデル」は、位置情報と建物の階数をインプットするだけで、住宅のような小規模建築物を建てる際に必要となる土地情報ー地盤の強さや腐植土の有無、地盤改良の工法をAIで予測するモデルです。
JHSがこれまで手がけてきた膨大な地盤調査・解析結果のビッグデータと独自に前処理したGIS(地理情報)を統合してAIに学習させます。AI機能があるGISエンジンを使うことで、住所入力後、わずか1分ほどで精度の高い予測を導き出すことができます。
―― 開発のきっかけと経緯
小尾 開発する直接のきっかけは「土地仕入れの判断材料の一つにしたいから地盤の良し悪しをスピーディーに予測できないか?」というご相談でした。
大量の地盤情報を早く、手間なく入手したいというニーズとそれを解決する手段としてAIが挙がりました。人がやるとそれなりに時間がかかるし、当時社内に簡易なAIシステムを導入して成果を感じていたので、地盤の予測ができると考えたのです。
執行役員 事業開発本部 本部長/マーケティング部 部長 田生 裕典(たのう ゆうすけ)
2003年9月JHS入社。建物検査の開発に関わり、同年横浜事業所で検査事業を立ち上げる。商品開発、経営企画。広報・マーケティングなどを経て現職。
中小企業診断士、二級建築士、世界遺産検定
田生 以前からJHSには地盤に関するビッグデータと独自のノウハウがこんなにもあるのにもったいないよねという声が社内で上がっていて、商品開発の機運が高まっていた時期でもあるんですよね。
小尾 そこで、まずは検証版を作ってみようと、22年4~6月の3ヶ月間で30種類ぐらいのAIモデルを自分のパソコンで自作しました。試しに一部のお客様に提供したところ大変喜ばれ。業界のニーズや運用の目途がある程度つかめたので、これをブラッシュアップすればすべての住宅事業者に使っていただけるのではないかなと。その年の12月には地盤の要不要判定ができるAIモデルを本格的に開発することが決まりました。
高レスポンス・高精度で地盤の強さや改良工法を予測
―― 「解析者の頭の中」をAIで 目指したのは高速・高精度
小尾 最もこだわったのが、レスポンスの早さ(3~5分以内)と精度の高さ(7割以上)です。
JHSが保有する膨大な調査データを使ってAIモデルを構築していくわけですが、実は投入するデータ量が多いほど精度が上がるわけではありません。当社が行う地盤解析も年々精度を上げ、それとともに独自のロジックが固まってきたという経緯があるので、直近7年の調査データに絞ってAIに学習させていきました。
その際に一番苦労したのが、「地盤解析者の頭の中をどうやって機械に学習させるか」。人が見れば一瞬でわかることでも機械にはわからないため、パラメーター(項目)とデータの与え方はかなり苦心しました。特に、SWS試験のデータを予測することが苦手で、開発初期の精度はなんと10%未満…。トライアンドエラーを繰り返すことで精度を上げる方法を探りました。この「思考をより人に近づける作業」が一番大変で、3か月ほどかかりました。
―― 解析者の経験 声を生かす
小尾 AIモデルは「1回作って完成」ではなく、「チューニング」がとても大事。どこがよくてどこがダメなのか、どうすれば改善できるかを考える際に、私自身の10年間の地盤解析者としての経験と、現役の地盤解析者や社内の専門部署である地盤技術研究所所員の意見がかなり役に立ちました。
地盤の技術者がチューニングをしたからこそ、約1年という短い開発期間で「約1~2分の高レスポンス」「約80%の高精度」を実現するモデルができたと思っています。
開発の過程で東京カンテイ様が強い関心を持ってくださり、2024年9月に同社の会員向けウェブサービスに先行導入。JHSとしては、今年3月の特許取得を経て、AIモデルを搭載した新サービス『地盤サポートマップPro2』として正式リリースすることになりました。
―― 注文住宅会社ならどう使う?
田生 最近、何社もの住宅事業者で現場の声を聞き、新しい『地盤サポートマップPro2』は注文住宅・分譲住宅どちらの事業にもなくてはならないサービスになると感じています。
ある注文住宅会社では、営業の初期段階から土地提案込みで自社の家づくりと地盤への意識の高さをアピールし、他社との差別化として活用されています。さらに、地盤の予測レポートが契約を一押しするコミュニケーションツールにも、契約後のトラブルを防ぐリスク回避ツールにもなります。
顧客に建築費の概算見積もりを提示する際、契約を取りやすくするために、地盤改良工事費をできるだけ低く見積もろうとする営業担当者が少なからずいます。しかし、後になって地盤改良が必要だと判明し、契約後にトラブルになるケースが発生しています。
こうしたトラブルを防ぐために、営業担当者の判断に頼るのではなく、AIを搭載した第三者による地盤予測を社内標準とすることで、透明性を高め、トラブルの回避と自社のブランド価値向上に役立てている企業もあります。
── 分譲住宅会社ならどう使う?
田生 一方、分譲住宅会社は、土地仕入れ競争を勝ち抜くための業務負担を減らしつつ、従来よりも早く土地購入の可否を判断することができます。
ある会社では、土地の仕入れ担当から候補が上がると、設計部門は24時間以内に概算を出して事業計画を作成し、およそ1週間以内に購入を決断する、という社内ルールを設けています。設計部門の負担があまりにも大きいため、『地盤サポートマップPro2』を土地仕入れの判断に使うと決め、人の負担を減らしながら生産性を高める取り組みを始めています。予測レポートに含まれる地盤データをもとに自社で判断基準と運用ルールを整備し、ルールに従って業務を進めることで、予算作成や土地仕入れのスピードを向上させています。
また最近は大型の分譲地が減り、相続絡みの土地を2~3分割するミニ分譲が主流となりつつあります。そうなると分散する小規模な土地をいかに早く、多く仕入れるかが重要になってきます。こうした場面でも非常に役立つはずです。
── 規模や目的に応じて もっと使いやすく
田生 今回のリリースにあたり住宅会社の実務者に話を聞くと、地盤関連サービスに対するニーズや期待の大きさを肌で感じることができました。今後は『地盤サポートマップPro2』を会社の規模や業態、職種に応じて必要な機能を活用いただけるようなサービスへと進化させていきます。同じ会社でも、技術部門と営業部門とでは地盤に対する理解度も欲しい情報も異なるでしょうから、最適な予測レポートやプレゼンシートを出力できれば、より多くの方に活用していただけるのではと考えています。
── 読者の皆さんにメッセージ
小尾 AIモデルの精度にはかなりの自信を持っていますが、進化の余地はまだまだあります。各社独自のシステムに組み込んだり、投入するデータを変えて各社専用のAIモデルを作ったり、可能性は無限にあると考えています。今後、地盤改良工事の設計に必要なく杭長の予測ができる機能も開発予定です。
田生 着工減、資材高騰などを業界共通の課題に加え、注文住宅の技能者不足や、分譲住宅の土地仕入れの難しさなど、時代と市場が刻々と変わるなかで、人と時間をどこにどう使うかの取捨選択を迫られています。これからの時代、各プロセスにおいてAIは欠かせないものになっていくでしょう。
私たちはこれからも、独自のデータやノウハウ、技術を活かした精度の高いAIモデルを開発し、住宅事業者の課題を可視化し、困りごとを解決するサービスでお役に立ちたいと考えています。